諸国神社めぐり

坐摩神社(大阪市中央区久太郎町〈きゅうたろうまち〉)

坐摩神社社頭
坐摩神社(いかすりじんじゃ)は,地下鉄(御堂筋線)本町駅の南西500メートルに鎮座する。社名は「ざまじんじゃ」とも読まれる。
『延喜式』(神名帳)の摂津国七十五座の一座で,西成郡に属する大社である。
創立の経緯は不明だが,境内の由緒によると,神功皇后が新羅国から凱旋して奉祀したのが起源である。
当初の鎮座地は田簑島(天満橋の南西400メートル)で,現在も「坐摩神社行宮」(石町2丁目2-15)として祭られ,神功皇后が休息したと伝えられる巨石が保存されている。
その後,豊臣秀吉の大阪城築城によって移転し,寛永年間(1624-1643)に現在地に定まったという。
祭神は,生井神(いくゐ),福井神(さくゐ),綱長井神(つながゐ),波比岐神(はひき),阿須波神(あすは)の五柱で,坐摩大神(また「大宮地之霊神〈おほみやどころのみたま〉」)と総称される。
この五柱は,神武天皇の即位の際に宮中に奉祀された神霊である。『延喜式』(神名帳)の「宮中神卅六座」の「神祇官西院坐御巫等祭神廿三座」に「座摩巫祭神五座」として記載されている。現在は皇居内の宮中三殿で他の諸神とともに祭られているとされる。

坐摩神社拝殿坐摩神社本殿
社殿は空襲で焼失し,昭和三十五年(1960)に旧社殿を模してコンクリート製で再建された。

坐摩神社境内社坐摩神社境内の狛犬
境内に社殿が並んでいる。左から大江神社,繊維神社,大国主神社,天満宮,相殿神社。
本社の社殿わきに,石狛犬が一体置かれている。
坐摩神社境内の陶器神社と稲荷人神社
境内の別の一角に,陶器神社と稲荷神社が祭られている。
陶器神社は火防の神として大陶祇神と迦遇突智神を祭神とし,特に陶器商人の崇敬が篤い。
初め靱南通(西区西本町)に鎮座したが,明治四十年(1907),電車敷設のため当社に合祀された。
戦災後,昭和二十六年(1951)西横堀浜筋に再建されたものの,阪神高速道路の建設のため,昭和四十六年(1971),再びこの場所に遷座した。

坐摩神社境内の上方落語寄席発祥の地記念日
寛政年間(1789-1800),当社の境内で初代桂文治が寄席を建てて話芸を演じたとされる。それまで屋外の大道芸であった落語を屋内の高座での興行形式に改革した文治は「上方落語中興の祖」とされる。
文治の功績を記念する碑が,ゆかりの地に建てられてた(2011年)。中央部に文化十年(1813)の興行の「番付」が復刻されている。

坐摩神社境内の明治天皇聖躅碑
当社は明治天皇との縁が深い。嘉永五年(1852)には孝明天皇の皇子安産祈願があり,九月の秋季大祭の日に明治天皇の降誕があった。
天皇の大阪行幸は8回に及び,大阪市青年連合団によって大阪市内に31本の「聖躅碑」が建てられ,20本ほどが現存するという。

(大阪府大阪市中央区久太郎町四丁目渡辺3号)
2013.8.11, 2015.1.25

坐摩神社(公式サイト)


大阪市神社めぐり