大分市神社探訪

丹生神社(大分市佐野〈さの〉)

丹生神社参道入口
丹生神社(にゅうじんじゃ)は,JR(日豊本線)大在駅の南3.5キロメートルの佐野地区(もと坂ノ市町に属す)に鎮座する。罔象賣神(ミヅハノメノカミ)と建岩龍命(タケイハタツノミコト)を祭神とする。文武天皇二年(698)に朱沙(朱砂;硫化水銀)を朝廷に献上したという記録が残る古社である。
当社は,水神である罔象賣神を佐野山で祭ったのを発祥とする。佐野山は,現在の社殿横の小高い場所で,観音堂の横に「丹生大明神元宮跡」の石碑が建っている。
建久七年(1196),大友氏が豊後に下向するさい,大在沖で台風に遭遇したが,丹生大明神の霊威で無事に上陸を果たした。よって翌年,社殿を奉納した。
応永元年(1394),大友家臣の富高氏が肥後の阿蘇大社から建岩龍命(健磐龍命)を勧請し,当社に合祀した。
天正十四年(1586)に島津軍の兵火にかかり社殿等を焼失。江戸期になり慶長八年(1603)に臼杵藩主稲葉典通公(二代藩主)が社殿を修復した。さらに寛文六年(1666)には四代藩主の稲葉信通公が神殿を造営・寄進した(稲荷社の社殿として現存する)。

丹生神社拝殿丹生神社本殿
拝殿は昭和十八年(1943)の改築である。拝殿以外はそれより早く昭和五年(1930)に改築された。
拝殿の左手奥に稲荷社(享保九年〈1724〉勧請)が見える。

丹生神社境内の稲荷社丹生神社の旧本殿
昭和五年(1930)に丹生神社の本殿が改築され,旧本殿は遷されて稲荷社の社殿として残された。
古風で豪華な装飾によって埋め尽くされている丹生神社旧本殿(現稲荷社)は,寛文六年に建造された貴重な文化財である。
旧本殿の細部

丹生神社元宮跡の碑原石朱沙
社殿横の小高い丘の上(佐野山)に「元宮跡」の碑が建っている。当社の起源である罔象賣神(丹生大明神)はこの場所に祭られたとされる。現在地に社殿が遷った後,社殿跡には寛政二年(1790)に観音堂が建てられ石仏三十三体が置かれた(現存)。
元宮跡の下には,朱沙の「原石」とされる赤い石が建っている。これを当社の御神体とする説もある。
金刀比羅社
朱沙「原石」の横に,金刀比羅社・祖母社の社殿がある。金刀比羅社は天明五年(1785),祖母社(大分県南端に聳える祖母山を信仰する)は明治三十六年(1903)に,それぞれ勧請された。

(大分県大分市佐野)
2010年2月13日


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