おおいた百景

府内城(大分市荷揚町〈にあげまち〉)

府内城
「白雉城」とも呼ばれる府内城は,豊臣秀吉の時,慶長二年(1597)に福原直高が封じられたことに始まる。その後しばらく城主が目まぐるしく変わったが,1658年から廃藩置県までは松平氏が城主であった。
城の北西には,六代藩主松平近儔(まつだいらちかとも)が建てた松栄神社がある。

府内城の堀と県庁府内城と県庁
「現在の城」である大分県庁は,初め府内城の中にあったが,1962年に,堀の外に移った。
城を見おろす共同庁舎の14階には喫茶コーナー付きの展望ホールがあり,別府湾が一望できる。
庁舎の玄関から入るので,事情を知らないと気後れするが,だれでも入れる。

1997年8月22日,2003年11月14日,2004年4月2日


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