おおいた百景

大分の先哲

大分県立先哲史料館(豊の国情報ライブラリー)では,大分県ゆかりの人々が顕彰されています。

シンボルゾーン

大友宗麟(1530-1587,おおとも そうりん)

大友家第21代の戦国武将。洗礼名はドン・フランシスコ。キリスト教を保護し,南蛮貿易をおこなった。
大友宗麟像(大分市観光)

三浦梅園(1723-1789,みうら ばいえん)

杵築藩富永村(現在の安岐町)の出身。家業の村医者を続けながら天地の情理を明らかにすることに精魂を傾け,私塾で多くの門人を育てた。『玄語』『贅語』『敢語』ほか多数の著述がある。

福澤諭吉(1834-1901,ふくざわ ゆきち)

長崎・大阪で蘭学を学び,のち英学に転向。欧米を視察し,慶応義塾を本拠に啓蒙活動をおこなう。著に『学問のすゝめ』『文明論之概略』など。

顕彰ゾーン−近世の先哲−

ペトロ岐部カスイ(1587-1639,ぺとろ きべ かすい)

国見町の生まれ。エルサレムからローマに渡り,司祭となったが,祖国のキリシタン弾圧政策を知って帰国。拷問を受け,刑死。

秋山玉山(1702-1763,あきやま ぎょくざん)

鶴崎(熊本藩領)生まれ。昌平黌で学び,帰郷後は熊本藩の侍読となり,時習館(藩校)の創設に尽力して初代教授となる。『玉山詩集』『玉山遺稿』などを残す。

前野良澤(1723-1803,まえの りょうたく)

中津藩の出身。杉田玄白らと『解体新書』を翻訳した。

麻田剛立(1734-1799,あさだ ごうりゅう)

杵築出身。自作の望遠鏡で天体観測をおこなう。39歳で大坂に移り「先事館」(天文学塾)を開いた。

脇蘭室(1764-1814,わき らんしつ)

日出(ひじ)の生まれ。大坂で中井竹山に学び,帰郷して帆足萬里らを育てた。

大藏常永(1768-1860?,おおくら つねなが)

日田の出身。『廣益國産考』を著した農学者。

田能村竹田(1777-1835,たのむら ちくでん)

岡藩(竹田)の医家の出身。南画家。

帆足萬里(1778-1852,ほあし ばんり)

日出の脇蘭室に学んだ学者。日出藩家老となったが辞職して家塾経営に専心。主著は『窮理通』。

廣瀬淡窓(1782-1856,ひろせ たんそう)

日田の商家に生まれたが,家業を弟に譲って学問に専念した。咸宜園を起こして全国から弟子を集めた。『約言』『迂言』『遠思楼詩鈔』『淡窓日記』など。

毛利空桑(1797-1884,もうり くうそう)

鶴崎の生まれ。脇蘭室,帆足万里に学び,熊本,福岡に遊学。帰郷後は「知来館」を開き,文武両道の教育をおこなった。尊王家。

角来飛霞(1816-1894,かく ひか)

豊後高田出身の医者。帆足萬里に学び,京都で本草学を修めて帰郷し,家業を継ぎ,地域医療に従事した。のち東京大学小石川植物園取調掛となった。全国で植物を調査し,動植物の図譜や鉱物標本を残した。

福沢諭吉をめぐる人々−近代の先哲−

(略)

顕彰ゾーン−日本の中の大分県人−

村上直次郎(1868-1966,むらかみ なおじろう)

玖珠町の生まれ。歴史学者。

田原淳(1873-1952,たはら すなお)

安岐町の生まれ。医学者。

瀧廉太郎(1879-1903,たき れんたろう)

竹田で育ち,大分市で没した。作曲家,ピアニスト。
瀧廉太郎名曲選

久留島武彦(1874-1960くるしま たけひこ)

玖珠生まれの童話作家。

羽原又吉(1880-1969,はばら ゆうきち)

久住町の生まれ。経済史学者でアイヌ民俗の研究など。

朝倉文夫(1883-1964,あさくら ふみお)

朝地町出身の彫刻家。
姉妹(1947)瀧廉太郎君像(1950)

野上弥生子(1885-1985,のがみ やえこ)

臼杵の味噌屋の生まれ。夏目漱石に学んだ小説家。

福田平八郎(1892-1974,ふくだ へいはちろう)

大分市生まれの画家。
福田平八郎生家跡(大分市観光)

末綱恕一(1898-1970,すえつな じょいち)

武蔵町生まれの数学者

小川鼎三(1901-1984,おがわ ていぞう)

杵築生まれの解剖学者。

生野祥雲斎(1904-1974,しょうの しょううんさい)

別府市生まれの竹工芸家。


(参考:→大分県立先哲史料館(公式サイト))

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