おおいた百景

瀧廉太郎君像(大分市遊歩公園)

瀧廉太郎像
「瀧廉太郎君像」は,遊歩公園内に建てられた朝倉文夫(1883-1964)の作品である。

朝倉文夫(東洋のロダン)は,竹田高等小学校での瀧廉太郎の後輩にあたる。
瀧は明治二十五年(1892),大分県尋常師範学校附属小学校高等科から竹田の高等小学校に転入した(13歳)。
瀧が4年生のとき,11歳の朝倉文夫が入学。瀧はその10年後に逝去するが,朝倉は同窓生としてすごした1年間の印象をもとに,57年後の昭和二十五年(1950),この像を制作した。
(この像の近くに,同じ朝倉文夫の「姉妹」や「みどりのかげ」もある。)

銅像の建つ場所は,瀧の没した住居跡にも近い。
大分市遊歩公園の瀧廉太郎君像
背後に終焉の地の碑が建っている。

岡城の廉太郎像

紅葉の竹田岡城岡城にある瀧廉太郎像
「荒城の月」の楽想を得たとされる岡城(大分県竹田市)にも同じ像がある。
参考→瀧廉太郎名曲選

(大手町3丁目,JR大分駅から徒歩10分)
2005年11月20日, 2008年3月31日


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