新潟市神社探訪

大形神社(新潟市東区河渡本町〈こうどほんちょう〉)

大形神社正面
大形神社は,新潟駅の北東約5キロメートルに鎮座する。
一帯は信濃川と阿賀野川の間に広がる広大な低湿地帯で,しばしば水害に悩まされた。しかし,当社の周囲は砂丘地形を形成しており,周囲の地盤よりわずかに盛り上がっている。当社や隣接する照覚寺を中心に,古くから集落が形成されていたと思われる。周辺から弥生式土器が出土したことも,この地域が古くから開発されていたことを物語る。
大同年間(806〜810)の創立とも伝え,「延喜式」記載の「大形神社」(沼垂郡五座の一座)だとされているが,「神社明細帳」(明治十七年)には,菊理姫命を祭る「白山神社」として記録されている。
白山神社(白山権現)となった時期は不明。神社の維持が困難となった時期に沼垂白山神社(当社の南西約4キロメートル,中央区沼垂東に鎮座)に管理を委ねたともいう。
新発田市金山の白山神社にも「大形神社と合祀」の伝承があり,事情が錯綜している。) 昭和十九年(1944)に社名を大形神社に改称して,祭神も大己貴命に変わった。

大形神社社殿大形神社拝殿の額
大形神社拝殿正面大形神社拝殿内部
拝殿は,この付近に多い千鳥破風のある入母屋造り。

大和朝廷は大化三年(647)に,北方進出の前線基地として渟足柵(ぬたりのき)を設置したが,それは当社に近い場所ではないかとも推定されている。当社は,あるいは渟足柵の役人たちの信仰を集めていたかもしれない。
大形は「大潟」を語源とするのであろう。一帯は土地が低いため,かつては潮の干満によって大きな沼地が現れたとされる。拝殿の前に立つと広大な水田地帯を見渡すことができ,往時の「大潟」が想像できる。

大形神社境内の神明社大形神社境内の稲荷社古峯神社
境内には「神社明細帳」(明治十七年)の記録の通り,神明宮(大日孁貴尊),稲荷社(宇迦魂命),古峯神社(倭建尊)が祭られている。
また,北西約1キロメートル,じゅんさい池のほとりに,当社の境外社とされる上道神社が鎮座する。

(新潟市東区河渡本町19-25,新潟交通「河渡東」バス停から徒歩5分)
2003.6.5,2004.5.30


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