新潟市神社探訪

堀出神社(新潟市秋葉区新津本町〈にいつほんちょう〉)

新津・堀出神社鳥居
堀出神社は,JR新津駅の南500メートルに,北向きに鎮座する。
「神社明細帳」(明治十六年)に「中蒲原郡新津町村字横町三三七七番 村社・堀出神社」とある。
初代新津城主の新津信資(金津資義の孫)が金津の地に築城のさい土中から神像二柱を得,これを「堀出大神」として奉祀したのが当社の起源と伝えられる。
くだって天正元年(1573)に城主の勝資公がこれを新津町に遷座し,この地の産土神とした。
新津氏は上杉景勝に仕えていたが,慶長三年(1598)の上杉氏の移封に従い神体を奉じて会津へ移り,さらに米沢へと転じた。こうして御神体は永く新津から離れていたが,当社に対する崇敬は篤く,米沢からの代拝も続いたという。
米沢で祭られていた御神体がこの地に戻ったのは明治十五年(1882)のことである。
明治五年(1872)には村社に列せられ,その後,郷社に昇格した。
祭神は伊邪那岐尊と伊邪那美尊である。
明治十三年(1880)火災で焼失し,同二十三年(1890)に現在地に移転して再建した。
明治四十一年(1908)字山谷の五社神社(宇迦魂神,宇氣母智神,豊宇氣比賣神,大宜都比賣神,大宜膳都神)と字堤外の住吉社(文禄二年〈1593〉創立で,祭神は表筒男命,中筒男命,底筒男命)を合併,同四十三年(1910)字狐塚の八雲神社(文禄二年創立で,祭神は健速須佐男尊)を合併,さらに大正元年(1912)古田新田字川向の神明宮(元和元年〈1615〉創立で,祭神は天照皇大御神)を合併した。
堀出神社拝殿堀出神社拝殿部分堀出神社拝殿の額
社殿は明治四十一年に増改築された。
境内は広く,いくつかの境内社が鎮座する。

なお当社創建の地である金津にも同名の堀出神社(新潟市金津)が鎮座する。

(新潟県新潟市秋葉区新津本町3丁目)
2005.6.5


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