新潟県神社探訪

御島石部神社(柏崎市西山町石地〈にしやまちょういしじ〉)

御島石部神社参道
御島石部神社(みしまいそべじんじゃ)は,旧西山町の石地地区に鎮座する。
「神社明細帳」(明治十六年)に「刈羽郡石地村字石部山 村社・御島石部神社」とある。 当社は「延喜式」所載の「御島石部神社」(三嶋郡六座の一)の論社である。
「式内御島石部神社」を自称する同名の神社が柏崎市北条にもある(→北条の御嶋石部神社)。
当社の起源にまつわる伝承として,かつて大己貴命が頸城郡の居多(こた)から船でこの地を訪れたおり,岩の掛橋が海中から磯辺まで続き,不思議に思い上陸すると,この地の荒神(二田彦,石部彦)が現れて大己貴命を歓待したという。
今,大己貴命が残した剣を御神体として祭っているという。
長和五年(1016)の棟札に「御島石部大菩薩」,貞和三年(1347)の由緒書と応永五年(1398)の棟札に「御島石部神社」とあると伝える。
中古,末社の二田神社を合祀してより「二田大菩薩」とも称し,元禄以後は混同して「御島二田神社」と称したが,天明二年(1782),旧社号に復した。
明治五年(1872),村社(当時は柏崎県に属す)に列せられ,同六年,柏崎県が廃され,改めて村社に列せられた。
延々と続く石畳の参道は,寄進によるものである。
御島石部神社
拝殿の前に焼き物の狛犬が置かれている。
御島石部神社拝殿正面御島石部神社拝殿
天保十四年(1843)の棟札が残されており,本殿,幣殿,拝殿とも同時期の建築だと考えられている。
拝殿は,入母屋造,桟瓦葺。向拝部分は細かい装飾で埋められている。
御島石部神社

御島石部神社御島石部神社
本殿には名工として知られる小林源太郎(熊谷源太郎)の彫刻(弘化二年〈1845〉)が施されているという。
(源太郎は石川雲蝶とともに秋葉三尺坊奥院(長岡市谷内)を手がけたことで知られる。)

御島石部神社境内の金刀比羅宮御島石部神社境内社狛犬(吽像)御島石部神社境内社狛犬
境内に末社が多くある。味わいのある顔をした狛犬は境内社(金刀比羅宮)のもの。
台座に「明治三十一年十一月十七日」の刻銘がある。
明細帳が記録する境内社は六社。
上述の金刀比羅宮(大物主命)のほか,神明宮(天照皇大神),八坂神社(須佐之男尊),湯殿山神社(大山祇命),稲荷神社(保食神),諏訪神社(健御名方命)である。
このほか,二田神社(宇麻志麻治命),塞神々社(八衢彦神,八衢姫神,久奈戸神),諏訪神社(建御名方神)の三座は社殿破壊により本社に合祀されている。

(新潟県柏崎市西山町石地)
2004.3.22, 2008.7.12


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