諸国神社めぐり

八幡神社(一関市釣山〈つりやま〉)

一関市釣山の八幡神社社頭
八幡神社は,JR(東北本線)一ノ関駅の南西500メートルに鎮座する。
延暦年間(782-806),東夷平定の坂上田村麻呂が館山(当社の北西400メートル,釣山公園の頂上)に陣を敷き,諏訪の大神に勝利を祈願したのがこの地の祭祀の起源とされる(ただし「八幡神社」ではない)。
康平四年(1061)源頼義と義家が安倍貞任を征伐するに当たり(前九年の役),伊勢の神宮と京都の石清水八幡神社から神託を得て八方に八幡神社を勧請した。その第一社が当社である。
天正二年(1574),相殿に八雲神社を,文禄二年(1593)に諏訪神社を再奉した。
寛文二年(1662)に一関藩主・伊達宗勝により現在地へ遷座された。
元禄七年(1694),初代田村藩主の田村建顕が土山(滋賀県甲賀市)に鎮座する田村社の御分霊を「田村神社」として当社の相殿に併せ祀った。
以来,藩主田村氏の崇敬神社として,また一関(現市街地)の総鎮守として崇敬を集めた。
現在の祭神は応神天皇で,相殿で坂上田村麻呂を祀っている。
なお,現在釣山公園の千畳敷に鎮座している田村神社は,田村家江戸屋敷邸内へ祀られていたものを大正時代に遷座したものである。
明治四年(1871)に郷社となったが,明治八年に(1875)に村社となった。昭和五年(1930)再び郷社に昇格した。
一関市釣山の八幡神社社殿一関市釣山の八幡神社拝殿の額
一関市釣山の八幡神社社殿
昭和四十六年(1971),社殿が全焼し社宝を焼失したが,昭和四十八年(1973)に再建された。

一関市釣山の八幡神社境内の竹駒神社
境内に竹駒神社が祀られている。
田村建顕(たつあき)が,陸奥岩沼藩(宮城県岩沼市)から一関に移封となった後,元禄四年(1691)に岩沼の竹駒稲荷神社(祭神は倉稲魂命)を勧請したのが起源である。
一関市釣山の八幡神社境内の天満宮一関市釣山の八幡神社境内の天満宮
天満宮は,田村建顕の家臣の境澤彌三郎が宝永三年(1706)に八幡神社境内に勧請したのが起源である。

一関市釣山の八幡神社境内の八雲神社一関市釣山の八幡神社境内の八雲神社
素戔嗚尊を祀ると思われる八雲神社もあるが,天正二年に本社相殿に祀られたとされる八雲神社との関係は不明。

一関市釣山の八幡神社境内の山神一関市釣山の八幡神社境内の狛犬(吽)一関市釣山の八幡神社境内の狛犬(阿)
参道の途中に「山神」の石塔がある。
石段を上り詰めた所に狛犬(昭和五年)がある。

(岩手県一関市釣山19)
2016.11.29

岩手県一関鎮守 一関八幡神社 相殿 田村神社(公式サイト)


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